草原にいる

雑文を書きます。

倦んだ空に向かって窓も開けずに吐き出す

 14歳の冬、京都の清水寺に行った。写真で見た方がきれいだと思った。

 その折に町の定食屋さんでうどんを食べた。出汁の香りがよく、とてもおいしかった。わざわざ関西まで来た甲斐があったとそのときは思ったが、後日家に取り寄せた関西風うどんは同じ味がした。

 HPに掲載されている写真は何とも豪華で流行っていそうな旅館が、実際足を運んでみると外壁のあちこちが黒く煤けた、うらぶれた印象を受けるのはなぜだろう。

 3歳の時に初めて行ったディズニーランド。行く前はとても楽しみだったのに、いざ着いてみると、移動の疲れと、何故か分からないけど恐ろしさを感じてずっと泣いていた。

 

 旅に行きたいと思う。

 旅はいい。都会の喧騒を離れ、時の流れが緩やかな、自然の声が聞こえる、先人の軌跡を辿って、心身を脱皮させるような旅に行きたいと思う。

 ただし実際に行ってはならない。旅は、自宅にいて、夢想する瞬間こそが最も楽しい。もしも我慢できずに自宅を飛び出してしまったら、もう落胆する道以外にない。夢にまで見たその目的地が想像を超えることは万に一つもなく、ただ、寂しい現実が鎮座するのみである。

 その度に私は、ああ、来なければよかったと心から後悔する。やはり家にこもって、小説や雑誌を通してまだ知らぬ土地を空想していた方がずっと幸せであったと、欲を出して電車に飛び乗ってしまった自分を恨めしく思う。

 旅というものは、日常を離れ、自分を取り巻く現実から一時的に逃れることで、羽を伸ばしたり、新たな知見を得たりするものだとする。しかし旅先にて頑として存在するのはどこまでも現実であり、意外と小さな寺社仏閣であり、観光客で混みあった駅であり、温泉のカビの生えた脱衣所であり、蓄積する疲労である。

 「かの有名なあの場所に行った」「今話題のあれを食べた」という実感が欲しいから旅に行くのだという人もいるだろう。大変結構だと思う。「~をやった、見た、言った、食べた」と自分の行動を客観的に言葉で表せることは便利だし、他人との会話の話題にも事欠かないだろう。そういう意味で人生を豊かにしてくれる旅というものは、素晴らしいものなのだと思う。私もそういう面では旅にとても助けられている。

 ただ私は少し心が辛くなる。大枚をはたいて、時間をかけて、疲労しながらわざわざ現実はつまらないことだと思い知りに行くことは、なんだか寂しい気分になる。

 やはり私は、自室の窓から一人、外を眺めて、この空の先には素晴らしい自然、文化、食、土地があるのだろうと夢想していることが性に合っているのだろう。永久に達し得ない場所への憧憬、心の中だけにある風景にのみ、私は旅に出る。

 

 日常は辛いことが多い。たまには非日常に逃避してみたい。その方が幸せに生きられる。しかしそこで旅に出ることは手段を誤っている。日常の中にこそ非日常がある。幸せがある。否、日常を拒否し続けることこそが幸せである。

 本来日常で執り行う様々な行為は快楽を伴う。初めて自転車に乗れた時、初めて料理をしたとき、初めて自分で本を読んだとき。多くの初めては、心が沸き立つようにときめいていたはずである。それがいつしか日常という錆びのようなものに侵され、精彩を欠いた、つまらないものになってしまった。そして、心のときめきを得んがために、初めてを求めて、手段の一つとしての旅。

 旅に出なくてももっと心をときめかせることができる。私はよく知っている。ただ自室の窓を開けて、夜の香りを嗅ぐ。冷えて湿った、土と木と、全部が眠った無機質な香り。少しの恐怖。これは闇への?それとも誰かが見ているような気がして?でも気持ちがいい。鮮やかに心を動かすことができる。努めて日常を拒否しているから。毎回すべてを新鮮に感じることが幸せだと信じてやまないから。旅にでなくても、私の非日常がそこにあるから、私は幸せである。

 

 最近新入社員研修でインプットしっぱなしなのでアウトプットに短歌を詠んだ。

 

 

ちょっぴりの誤差で会えたし会えなかったよ ノスタルジック銀河系より

 

 

プーさんを放った一瞬天ノ川銀河が僕を呑む暖かみ

 

 

静電気がある星で育ったぼくたちはふれ合うことを恐れて生きる

 

 

やはらかき衣よ我を包め傷に滲みたる温度春雨の候

 

 

無理に前を向かずともよい休らはむとでも言いたげな春雨の候

 

 

針の如き冬にたへたり梅の木が待ちわびていた春雨の候

 

 

水溜まりは避けて歩かじエゴを愛す我をも愛す春雨の候

 

 

一世帯につき一つの細胞マンションは生活という怪物である

 

 

不完全なけものであろうわれわれは愛して屁してたまに死んだり

 

 

友人にネタで貰ったヒョウ柄のTバック父が履いて眠りぬ