草原にいる

雑文を書きます。

太陽から地球まで8分

   久しぶりに小田急線に乗った。小田急線の古い車両はアンモニアのような臭いがして、体調が悪い日なんかに乗ると最悪だったんだけど、なぜか僕はその臭いが嫌いになれなくて。

 就活帰りに乗ったその電車は懐かしいあの臭気を湛えていて、椅子も固いし、床に変な汚れがベタベタとついてるのに、やっぱり嫌いになれなくて。

 高校の帰りの時間帯と同じ、軽く混んだ車内で、僕は高校生の頃と同じように端の椅子に座って、高校生の頃と同じようにツムツムをして、高校生の頃と同じ小田急線で、同じ臭いに包まれて、高校生の頃に見た気がする夕焼けが窓の外に広がった。

 僕の身体を赤く染めて、隣のお客さんも一緒に赤くなって、時折建物の影で一気に暗くなって、またすぐ夕焼けが顔を出して。

 懐かしい。懐かしいな。確かに懐かしいんだけど、本当に懐かしい?何だか不思議な気分だった。何もかも思い出せるのに、何にも思い出せなかった、手で触ることのできる記憶が見つからなかった。

 確かに高校生の頃の僕はこの光景を見ていたはずなんだけど、実際にその光景を心に浮かべることはできたけど、実感を持って思い出せる景色が何一つなかった。僕が思い出しているこの光景は、僕が勝手に捏造して、再構成して、さも「高校生の頃に見た思い出の情景ですよ」と、感動的に演出したものだと思えてならなかった。

 当然のようにあると思ってた記憶なのに、見ようと焦点を合わせた瞬間見えなくなるステレオグラムみたいに、ぼやっと消えてしまう。

 高校生の頃の僕はもうどこにもいなくて、記憶の中で都合よく再構成した当時の僕「らしきもの」が幽霊みたいに浮かんでるだけだったのだと気付いて、なんだか泣きたくなってしまった。

 今頃はきっともう、彼は太陽より遠くに。