草原にいる

雑文を書きます。

夜2

 最近は夜になるとあたりに甘いにおいがたちこめて、まるで楽園にいるような気がするのです。そんな夜に道を歩いて、建物がうちこわされただだっ広い空き地に突き当たると、なんだかたまらず泣きそうになるのです。

 疲れ切ったコンクリートと材木のうらぶれた死骸を眺めて、ここにかつてあった人間の営みが、今はなくなってしまった。そこに何も知らない甘いにおいが漂ってくると、溶けてなくなるほど切なくなるのです。

 令和の時代に、戦後のどさくさと、場末のごみ溜めと、今はどこにいるのかもわからないヒッピーの寝息が、そこにあるのです。

井の頭公園の記憶

 井の頭公園を歩いていたら、白髪の人間がしゃがんでうつむいていた。男か女かは暗かったのでよくわからない。甚平のような褐色の古ぼけた服を着ていた気がする。年齢もよくわからなった。髪の毛を見れば一見年寄りのように見えたが、腕や足はすべすべとして若々しい印象を受ける。

 体調が悪いのかと思い、一瞬声を掛けようとしたが、何やら小声で話しているのが聞こえた。相槌を打ったり、ふふふと笑ったりしている。電話で話している?妙に甲高い声だった。

 すぐ横を自転車が通って行って、なんだか恥ずかしかったり気味悪かったり変な気持ちになったので、その自転車が巻き起こした風に乗るように足早にそこを去った。

 今思い出しても不可解である。今日の出来事だったのか、昨日の出来事だったのか、それとももっと昔の記憶なのか、今現在ではそれすらもよく分からなくなってしまった。夢を見ていたのかもしれない。

 

 それから井の頭公園について、こんな記憶もある。これは紛れもなく今日の話だ。井の頭池にかかった橋を渡っていたら、橋の真ん中で急に叫び始めた男性がいた。

「夢は絶対に叶う!どんな夢でもぜーったいに叶う!俺は絶対に夢を叶える!俺はぜーったいモッコ(?)になってやる!」

 そう叫び終えるとすぐに自分の方に向かって橋を渡っていってしまった。井の頭公園は面白い場所だ。

時間を消費するように生きている

 4連休を経て得たもの。

 きれいになった部屋。新しい靴。斎藤茂吉『赤光』。吉本ばなな『SLY』。筒井康隆『旅のラゴス』。『すばる2020年5月号』。同人誌に寄せる戯曲のための2,3のメモ。メルカリで売ったTOEICの本の売上275円。出先で買ったライター。明け方まで眠れなかったことによる眠気。

 明日から日常に戻る。実装したプログラムの単体テストが待っている。

悪夢

 昨日16:00から例のワクチンを打った。その帰りにドラッグストアでスポーツドリンクやウイダーを買い込み、備えを万全にした。

 また、ワクチンの前に美容院でパーマをかけてもらった。次の出勤時に上司に「ワクチン打ったらこうなりました」と小ボケをかますためだ。

 ワクチン接種の次の日は会社から特別休暇をもらえるので、今日は一日本棚の整理などしていた。まだ一回目だからか副反応はほぼなく、少し拍子抜けしてしまった。家じゅう掃除して、洗濯して、有意義な一日を過ごしてしまった。

 ただ、明け方に悪夢を二つ見た。コロナに限らず、ワクチン接種にはつきもののようだ。一つ目は、兄の車を山奥の山道に停めて助手席で一人スマホゲームをしていたら、急に車が動き出し崖に落ちた。幸い途中で枝に引っかかったが、フロントガラスはめちゃくちゃになっていた。不思議なことに車体は無傷であった。

 二つ目は、「真珠の耳飾りの少女」のようなアングルで額に収まっている池田エライザの絵を友人と二人で眺めていた夢である。急に池田エライザの声が聞こえてくる。目の前の絵に語り掛けられているようだが、絵の中のエライザは表情一つ動かさない。「今後一切、食べ物を残さないでね」と繰り返し語り掛けられる。なんだか怖くて、隣にいる友人は二つ返事で「はい、もちろんです!」と答えている。僕は「そんなこと言って、もし残したら呪い殺されるだろうな」と考え、「すみません、そんな事は約束できません」と答えた。すると目の前の池田エライザの右目だけ急に上を向き、彼女の顔が溶け出した。視界はモノクロになり、不協和音が鳴り響いた。

 目を覚ますと明け方で、玄関の方からラップ音が間断なく聞こえて来た。なんだか腹が立って「脅かすなよクソどもが」と思いながら目を閉じると、気付けば10:00になっていた。

カレー

 最近職場の近くにカレー屋を見つけて、時折昼ご飯を食べに行くようになった。

 1970年からやっているらしい。おばあちゃんが一人でやっている。

 メニューはカレー一品のみだが、付け合わせが10種類くらいでかけ放題。

 きゅうりと唐辛子の漬物がおすすめである。

自己肥大嗜好、あるいは歯車嗜好?

 一日暇になってしまったので、久しぶりにだらだらとしていた。

 するべきことは山ほどあるので暇ではないのだが、何一つ手が付けられていないので暇というよりほかはない。

 家に一人で引きこもっているとき、よくハウルの動く城の一室にいる妄想をする。今自分がいるこの部屋は動く城の脇腹当たりにあって、荒野の中をがちゃがちゃと進んでいる最中なのだ。

 何か大きなものの一部になっているということに興奮することがある。パソコンや周辺機器がたくさんのコードで連結していることとか、でかい布団にくるまって、布団の端っこに手が届かないくらい自己が拡張している感覚とか、小さい頃から大好きだった。言葉で言い表すのが難しく、フェチの一つとして話題に出たことが無いので他人と共有できたことが無い。電車好きな人ってこういうことなんじゃないかと思うのだけど、どうなんだろう。